掲示板 熱中症は学問としてはまだまだ若いです。むしろこういう病気があると知らないままに、多くの人が先に熱中症を経験してしまっているかも知れませんね。
だから、一人ひとりの意見がとても大切です。
あなたが実際に体験された熱中症のこと、熱中症を減らす為にはどうすれば良いのか、熱中症の問題は何なのか。とにかく、熱中症について考えたことをなんでも書いて下さい。
拙著「熱中症 息子の死を糧にして」悠飛社についての御意見もお聞かせください。
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□ 息子の死パート2
□投稿者:MIYAちゃんのお父さん
□投稿日:2006/01/31(Tue) 23:46:28

私の長男も6年前の夏に亡くしました。以後つらいつらい日々を送ってきました。でも、わが子の死を無駄にしないために、今日までできることはやっていこうと毎日を過ごしています。
大きな壁もありましたが、いろんな面で熱中症の危険性を理解してくれる人々が少しずつ増えてきています。
それでもなお、毎年のように犠牲者があるという現実に愕然としています。
乳幼児を車中放置したための熱中症、スポーツ活動中の熱中症、労働作業中の熱中症、高齢者の水分補給不足のための熱中症などなど。
知識が深まっていても、実践ができなければ死亡事故は防ぐことはできないのが実情のようです。
特に、スポーツ活動では、根性や気合いや勝利といったカテゴリーが優先されてしまい、科学が軽視されている現状がしぶとく残っています。
非常に残念で、残酷な現状だと思います。



□ 息子の死
□投稿者:鈴木 小百合
□投稿日:2006/01/24(Tue) 20:14:08

私の息子は、2年4ヶ月前大学2年生で大学の剣道部の練習中に熱中症で倒れ15分から20分遅れで救急車で搬送されましたが、18日の入院治療のかいもなく死亡しました。
私みたいな経験をされた方ぜひ意見を交換したいと思っています。

□ 父の想い出
□投稿者:三洋電機連合健康保険組合産業保健センター所長 廣田 昌利
□投稿日:2006/01/05(Thu) 20:55:37

 勤務医として今日まで無事にこれたのも先輩諸兄のお陰と感謝している。しかし思えば若い頃は筆舌に尽くせぬ苦難の連続であった。
 終戦時、我家は満州の営口市に在住、私は学徒動員先から帰宅したばかりであった。その一週間程前にソ連軍が越境し、関東軍は目下交戦中とのニュースを最後にすべての報道が途切れ、程なく営口にソ連軍が進駐してきた。数日間は辛うじて治安が保たれていたが、ある日突然「日本人は全員一時間以内に退去しなければ銃殺する」という布告が出され、たちまち街は至る所で中国人による暴動と掠奪が始まった。何が何だか判らぬまま身の回りの物をリュックに詰め、私は母の手をしっかと握って多勢の日本人と当てもなく北へ歩き始めた。途中、救出に駆けつけた満鉄列車で朝鮮をめざしたが国境の安東で降ろされ、ここで翌年まで難民生活を強いられるはめになった。まもなく中国全土で内戦がはじまり、安東は中共軍支配下となった。
 年が明けると国府軍治下の奉天では日本への引き揚げが始まったというニュースが伝わってきたため、ある日、意を決して二百人程の隊を組み安東を脱出した。十日も歩いたであろうか、最前線の山へ辿り着き、ここを降りさえすれば国府軍陣地だと思った時、どこからともなく中共軍兵士が現れ、銃を突きつけてきた。途端、数十名の日本人が一目散に山を駆け下り始めた。兵隊は彼らに向かって発砲し、残った我々を前線基地へ連行して行った。一人の将校が現れ、怒鳴り始めた。代表者が弁解したが聞き入れる様子もなく、そのうち手榴弾を抜き出し、じりじりと後退し始めた。これを見て私はもう駄目だと思った。あちこちから老人の念仏を唱える声が起こった。その時である。父が前へ進み出て土下座して何やらしゃべり始めた。どうやら中国語に堪能な父は「我々は民間人ばかりだから見逃して欲しい」と言っているようだ。将校は何度も父を蹴飛ばし、短銃で蹴りつけた。額からは血が吹き出している。それでも父は将校の足に抱きついて必死に抗弁を続けた。ふと怒鳴り声が静まり「ハオ、ミンパイラ(よし、わかった)」という声が聞きとれた。父は「皆さん、毛沢東万歳を三唱したら許してくれるそうです」と言った。皆は声をつまらせながらも「毛沢東万歳」を五回も六回もあらん限りの声で叫んだ。
 それから一気に山を降り。奉天めざしてひたむきに歩いた。海軍生き残りの駆逐艦「マキ」に乗船、博多に上陸したのは昭和二十一年八月のことである。想えば二百人程いた我々がやっと着いた奉天で今度はコレラと発疹チフスの大流行に遭い、母をはじめ半数以上が死亡し、博多では五十人以下になっていた。だがあの時、父の行動がなければ自分ももうこの世には存在しなかったであろう。父のお陰で多勢の日本人が救われたのだ。私は毎年、夏になると父のことを想い出すのである。

□ 幼稚園についての返事
□投稿者:熱中症の会 代表 中村 純友
□投稿日:2005/10/05(Wed) 08:41:15

<私が保護者なら>
 私が保護者なら運動会で起きたことを幼稚園に報告します。
 私の考え方の基本は、幼稚園の運動会は幼稚園の経営や先生方のためではなくて幼稚園児のためにある。
 次からのよりよい幼稚園の運動会のために、親からの情報提供は重要な助言になることがあるからです。
 親の視点は幼稚園の先生方とは違ったところにあり、先生方の気が付かない指摘となることもあります。
 問題とみなされたならば、たぶん幼稚園では問題点を浮き立たせ原因を考え、次からどのような対策を組むべきか検討してくれるはずです。

<私の実験>
 私はこの夏、鼓膜体温計を使って昼の1時頃のテニス中の体温を約10日程測定した。
 20〜30分のゲーム後の体温は38℃台前半もあったが、ほとんどの場合は37℃台であった。
 自覚症状は苦しいという症状があり、体温が高いほど強かった。
 そして、ある日テニス前は36.8℃の体温が、わずか30分のゲームで38.7℃になった時、漫然と持っていた暑さに対しての認識を一変した。
 暑さに対しては怖れ過ぎず、そして絶対に油断しないようにと自分に言い聞かせたのである。

□ 熱中症の会の皆様へ
□投稿者:熱中症の会 代表 中村 純友
□投稿日:2005/10/04(Tue) 08:41:40

<御報告>
 平成17年度の年1回の公的機関への働きかけは、全国の都道府県の教育委員会と文部科学省に熱中症の会(代表者と102人の賛同者名)から要望書(内容は2005年5月26日 掲示板参照)を6月14日の日付けで送りました。
 返事がきたのは、愛知県、群馬県、宮崎県、神奈川県だけでした。
 私達の目的は熱中症を予防したいということです。
 重症熱中症にならない人は、熱中症を暑熱環境の中で頭に浮かべられる人です。
 子供の頃、学校の先生から説明されるということは、想像以上の重さと豊かさを持ちます。
 熱中症の説明は結構大変なことです。
 返事の有無に関係なく、熱中症の説明をしてくださった先生方に私達は感謝の思いを持ちます。

<お願い>
 平成18年度はどこに何を要望するのかを皆様の御意見をお聞きしたいと思います。
 この掲示板又はメールで御意見をお聞かせ下さい。
 平成18年3月下旬にその中から数名の熱中症の会のメンバーで要望項目を決めたいと考えています。

□ No Title
□投稿者:匿名希望
□投稿日:2005/10/03(Mon) 14:02:46

昨日、私の子供の幼稚園の運動会がありました。10月だというのに最高気温が32度ありました。集合すると、午前中いっぱいは親の元を離れ、先生の指示の元、テントの下で順番を待つというスタイルだったのですが、集合8時45分、昼食は11時30分ほどだったでしょうか。その間、3歳から6歳の園児は、水分補給なしの状態でした。私は、先生が定期的に水のみ場に連れて行ってくれているものと勝手に解釈し、のほほんと保護者席で見ていましたが、途中で気がついた保護者は、そっとお茶を飲ませに行っていたようです。それも、先生に見つかると注意されるので、内緒で・・・。
わが子は、お昼に戻ってきた時は、唇はガサガサ、汗は出ておらず、顔色は悪く、水分を一気に入れたところ、すべて嘔吐しました。その後、なんとか少しずつ水分補給をし、夕方には元気になりましたが、正直この幼稚園の対応については怒りがおさまりません。幼児教育のエキスパートのはずなのに、どうして・・・。幼稚園に抗議した方がいいのでしょうか。こんなことまで保護者が進言しないといけないことなんでしょうか。

□ 脳貧血と熱中症についての返事
□投稿者:熱中症の会 代表 中村 純友
□投稿日:2005/09/30(Fri) 09:43:26

<はじめに>
・熱中症では体温上昇のないものとして熱けいれん、熱失神があり、体温上昇のあるものとして熱疲労、熱射病がある。
・ただし、病態は重なることもあり、例えば熱けいれんが熱射病の中で起こると熱けいれんでも異常高熱となる。
・また、病態は移行することもあり、例えば熱失神でもそのまま放置していて発汗などが継続して起きると熱射病など重症型に移行する。
・熱中症の疑いの人を見たら、まず特有な病気を持っていないか(高齢者など)、あるいは重症化を防ぐには何をするのかと考えることが大切です。

<脳貧血と熱中症との関係>
・血圧が低下して脳血流が減少して失神の起きる血管迷走神経性失神と、熱を周囲に放散するために皮膚の血管が拡張して血圧低下、脳血流減少を起こして失神の起きる熱失神は脳血流低下(脳貧血)という点では関係があります。
・脳貧血を起こしやすい人が、熱失神などの熱中症になりやすいかについては私は知りません。

<不安な気持ちについて>
・顔面蒼白、めまい、身体は冷たいなどの循環不全症状や、全身の冷や汗などの反射性の交感神経活動亢進症状を見た時、休ませれば大丈夫と考えるのは単純すぎると思います。
 暑熱環境や運動中なら熱中症のことを考えて、発汗がどれほどあったのか、発汗は休ませても継続しているのかなどを考えねばなりません。
 つまり、脱水が関係している脳貧血ならそのまま放置は危険となる場合もあります。

・中野さんのように熱中症かもしれないと不安な気持ちになることは、熱中症の注意点である脱水の有無、また一人にしてはいけないなどの事を考えるため、熱中症の治療が遅れるというリスクを減らす点では大事なことだと私も思います。

□ No Title
□投稿者:下谷みゆき
□投稿日:2005/09/27(Tue) 20:26:25

今年の市陸上競技大会でのことです、(小6の女の子です) かなりむし暑い日でした。900mlのお茶を持たせていたのですが、途中で無くなりしんどくなってしまい、先生に「しんどいんです」と訴えたところ「水分飲んどき」と言われました。お茶を飲んでしまったことを言えなかった家の子がいけないのは当然ですが、何時間も口渇に耐えるのは辛かったそうです。暑い中で運動をする場合は電解質と糖分と水分を補給できるようにしないといけないんじゃないですかと学校に聞いたところ、無理ですと返答されました。「何年か前まではお茶を持って行く事もいけなかったんですよ」と言われ、「今年も熱中症で何人か亡くなっていますよね」と聞くと、「新聞を見ないので知りません」とびっくりする答えが返ってきました。今900と500のペットボトルにお茶を入れて登校していますが、それでも足りず「頭痛い」と真っ赤な顔で帰ってくることがあります。4キロの道のりを喉が渇いた状態で帰ってくるのはとてもつらい様子で一晩「頭痛い」ということがあります。それも相談しましたが「足りるだけのお茶を持たせてください」との返答です。3ℓ持って行く子もいるそうです。私は今学校に浄水器を付けようと考えています。PTAにも相談しましたが解答が無いので一人で考えています。水道水は学校の場合、タンクにためているので生水はあまり飲まないほうがいいと水道局の人に聞いたので、子どもたちが安心して水分を補給できるように出来る限り頑張ろうと思ってます。熱中症等で命を落とした人の一人の死も無駄にしてはいけないと思います。死をもって私たちに危険を示してくれたのだと思っています。

□ 脳貧血と熱中症について
□投稿者:中野
□投稿日:2005/09/27(Tue) 10:27:50

つい先日、スポーツジムで息子が脳貧血になりました。
練習の途中でトイレに行き、なかなか戻ってこなかったので様子を見に行きました。その時元気のない返事がありました。トイレから戻ってきた息子は顔色が悪く、冷や汗をかいていました。トレーナーがすぐに、「調子が悪いのか?」と声をかけ、休ませました。最初はおなかをこわしたのかと思いましたが、下痢はしてないと言っていました。次に「ひょっとして熱中症?」と心配になりました。症状は顔面蒼白、めまい、頭痛、全身の冷や汗、熱はありませんでした。そんなに暑くなかったし、スポーツドリンクも自由に飲んでましたが、具合が悪くなる直前まで集中して練習に励んでいたので、汗はけっこうかいたかもしれません。
このジムは、ある病院と関わりのあるジムなので、そこの看護師さんがすぐにかけつけて、血圧や脈を計りながら様子をみてくれました。血圧がものすごく低く、寒気を訴え身体は冷たかったです。10分もしないうちに、顔色が少しずつ良くなりはじめ、その数分後には血圧も脈拍も普通に戻りました。本人も私も気が付きませんでしたが、少し疲れ気味だったのかもしれません。練習は最近特に集中して頑張っているようでしたので、一次的にこのような状態になったのだろうと。その日はすぐに帰って休ませましたが、何ともなかったです。
結局熱中症ではなかったのですが、初期症状が似ているのではないかと思いました。
学校でも朝礼の時間にたまに倒れる子がいます。あれも脳貧血の場合が多いと看護師さんが言ってました。
脳貧血だけなら心配はないようですが、ただの脳貧血だと思っていたら実は熱中症をともなっていた…という場合もけっこうあるのではないか、と思いました。『運動中にめまいがしたら脳貧血→少し休ませれば大丈夫→そのまま放置』で大丈夫と思いこんでいるような指導者がたまにいるみたいですので、あれこれと余計なことを思いめぐらしました。
最後は取り越し苦労に終わりましたが、「ひょっとして熱中症?」と思って不安な気持ちになるのは大事なことだと思いました。

脳貧血と熱中症は関係があると考えて良いのでしょうか?

□ 輸液についての返事
□投稿者:熱中症の会 代表 中村 純友
□投稿日:2005/09/24(Sat) 10:03:14

<はじめに>
 私は輸液については、スクリブナーの体液電解質バランスという書物から考え方のプロセスを学びました。
 本はそれほど厚くなく、詳しくは本を参照にしていただけませんか。

<熱中症の初期輸液について>
 (情報が無い時)
 循環の維持のため点滴が必要ならば、細胞外液点滴剤をまず点滴します。 
 もちろんハルトマンがあればそれを点滴します。

 (情報などが得られる時)
・例えば Na.K.Cl.Ht.TP.Cr.BUN.BS.などの情報が得られるならば、水分やNaやKなどの補充必要量を大雑把に計算する。
・そして、高張から低張までの食塩水やブドウ糖又はハルトマンなどの細胞外液点滴剤に、NaやKなどのおおまかな補充量を添加する。
・輸液の原則は次のことに留意する。
 @体液の重篤な異常があると積極的に輸液する。
 A重篤でないなら体液異常を急いで補正するのではなく、症状の進行を止めていくという立場にたつ。
  それだけで患者の状態が改善される。
  体液の急な補正は新しい症状を引き起こすから。
 BKは腎機能が悪いと尿が出てから補充する。

<小児の輸液速度について>
・急ぐ時   乳児      150〜200ml/時
       幼児、学童   250〜500ml/時

・急がない時         50〜70ml/時
     以上(わかりやすい水電解質)より

・小児では体液の急な補正をすると、脳などの症状悪化が起こりやすい。
 例えば、高Na血症であっても、血清Naを24時間に10〜15mEg/ℓ以上下げない。
  (スクリブナー体液電解質バランス)より 


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